「家出」から10年後、国家食品薬品監督管理局が再び衛生部に「帰る」
1998年「独立」、2008年「回収」
2008年3月15日、中国第十一回全国人民代表大会第一次会議第五回全体会議で、中国国務院の機構改革方案が決議され、中国国務院直属の国家食品薬品監督管理局(SFDA)が再び中国衛生部の管理下に置かれることになりました。
これにより、SFDAの10年間の「家出生活」が終わりました。衛生部の管理となったことが「食品、医薬品安全の確保」、「国民医療費高騰問題の解決」にどれほど役に立つのかはまだ分かりませんが、決して今回の改革によって、すべての問題が一挙に解決されることにはならないでしょう。
省以下レベルの食品薬品監督管理系統も変るか?
全国人民代表大会(以下「全国人大」と略す)が国務院の機構改革案を決議した翌日の2008年3月16日、国家食品薬品監督管理局局長の 邵
明立氏が「両会(注①)ニュースセンター」で記者会見を開きました。それは衛生部所属になってから、SFDAの上層管理部の人員が最初に開いた公式会見でした。SFDAが再び衛生部の所属になったことが今回の会見での焦点となりました。
この問題に関して 邵
明立氏は「食品、医薬品の監督管理体制の改革は、共産党中央政府と国務院が新しい時代の食品、医薬品監督管理のニーズに応じて、行った重大な決定です。これにより、食品と医薬品の監督管理の構成関係はよりスムーズになります」と答えました。
「健康時報」の記者が「省レベル以下の医薬品監督管理系統は「垂直管理」となっています。今回SFDAの中央総局が衛生部に所属する事となり、今後省以下レベルの管理組織も変れるのでしょうか?その場合、どのように変りますか?」と質問しました。
邵局長は「現在、地方機構の改革案について研究、制定中です。共産党中央政府と国務院は地方の機構改革を非常に重視しており、一部の事情はまだ調査・研究中です。残念ながら、現段階ではご質問にお答えすることができません。しかし、体制がどのように変っても、食品、医薬品の監督管理は確実に今までよりも厳しくなるでしょう。また、この組織の役割がどのように変化しても、大衆の飲食・薬品使用の安全性に対するニーズを保障する機能がより改善されると私は信じています。皆様にも、私と同様に信じて頂きたいです。」と答えました。
省レベルと省以下レベルの食品、医薬品監督管理部門の変革の動向は組織全体にとって、非常に重大なことです。邵局長の回答により、SFDAが衛生部の所属になったことは、中国食品、医薬品の監督管理組織変革の結果ではなく、スタートであることが分かりました。
食品、医薬品管理の地方監督部門に注目されている、6年間近く実施された省レベル以下の部門の「垂直管理」は一体どうなるのでしょうか?
北京市SFDA職員のA氏は「少し前に、「SFDAが衛生系列に戻される」という噂を聞きましたが、こんなに早く結論が出されるとは思いませんでした。内部では、突然だと感じた人は少なくありませんでした。国家総局の名称は「国家食品薬品監督管理局」で、北京のSFDAは「北京薬品監督管理局」と称されています。即ち、「北京薬品監督管理局」は成立以来、自主的に地方の医薬品の監督管理を行ってきました。今回の改革では、「北京薬品監督管理局」に関しては、まだ具体的な改革規則が公布されていません。ですから結果の予測はできません。」と言いました。
河南省SFDAの管理職Bさんは、「当時は「管理系統の不一致、役職機能の重複、資源の浪費、低水準無秩序の競争」などの欠陥を解決し、監督管理を強化するために、「全国集中統一、省以下垂直管理」を特徴とする食品医薬品監督管理系統が作られました。一つの改革案でも、その影響力は非常に大きなもので、多々方面に力を及ぼしてしまいます。例えば、河南省に所属するある県は、色々な原因で去年の年末に、ようやく「薬品監督局」が設立されました。今年の「両会」の閉幕後、正式に運営を開始する予定でしたが、今回の改革により、設立まもないこの局はどうなるのか、だれにも分かりません。」と言いました。
SFDAが「家出」した10年間:SFDAの権限が増大に伴い、医薬品問題も増加した?
SFDAが衛生部から分離されてから、再び配下に戻るまで、ちょうど10年間ありました。
1998年3月、第九回全国人民代表大会第一次会議で、国務院の機構改革方案が承認され、経済貿易委員会所属の「国家医薬管理局」と、衛生部所属の「薬政局」「中医薬管理局」の機能を合併して、医薬品の研究開発、審査・許可から、生産、販売までの全般的な監督管理の役割を果たす「国家薬品監督管理局」(中国国務院直属)を設立することが決議されました。
同年4月16日、「国家薬品監督管理局」が正式に設立され、元「国家医薬管理局」の鄭筱萸が局長として任命されました。それにより、全国の医薬品メーカ(約7,000社)、医薬品卸し公司(約6,000社)、医薬品小売企業(約60,000社)がすべてSFDAの監督管理になりました。
更に、2003年3月、第十回全国人民代表大会で食品、化粧品の審査・許可管理権もSFDAに与えられたことにより、SFDAの権限はますます大きくなりました。
2002年、医薬品監督管理部門の腐敗問題が現れ初め、その後2005年、2006年SFDAの不祥事が次々と発生しました。特に2006年1月12日、SFDA注冊司(登記部門)元司長曹文荘の調査が発端となり、医薬品監督管理部門の高級官僚が次々と逮捕され、広東佰易人免疫グロブリン事件が発生しました。そして、2007年5月16日、SFDA元局長の鄭筱萸が北京市第一中級人民法院(裁判所)で死刑の判決を受け、同年7月10日に処刑されました。
一連の不祥事で、SFDAの社会的信用度が失墜し、中国国民のSFDAの食品、医薬品管理の品質・安全性を確保する能力に対する不信感は激増しました。そして、「大衛生部」、「健康委員会」、「衛生委員会」を設立する声は日に日に大きくなりました。
2006年の全国両会で、元衛生部副部長 朱慶生氏を始めとする一部の政協委員は「国家が医療医薬を統一管理し、国家衛生工作委員会を設立すべきだ」と提案しました。
10年間の「家出生活」を終わらすことにより、本当に「医療費高騰」問題を解決できるのか?
2008年3月15日、第十一回全国人大第一次会議第五回全体会議で、国務院機構改革案が決議されました。それにより、国家食品薬品監督管理局は衛生部の管理の下で、食品医薬品管理の機能を調節し、「食品安全基準」、「薬品法典」の制定を行い、「国家基本薬物制度」の構築は衛生部が担当することとなりました。
国家食品薬品監督管理局は主に「食品衛生許可」、「飲食業界企業、食堂などの食品安全」、「医薬品のイノベーション、生産、流通、使用と医薬品安全」などを担当する事になりました。これにより、10年間独立していたSFDAは再び衛生部の配下になりました。しかし、この改革により、食品、医薬品の安全を確保し、徹底的に国民の「医療費高騰」の問題を解決することができるのでしょうか?
「今回の改革を行政改革の視点から見ると、一つの案件に関しては、いくつかの部門が調節しなければならない管理系統不明確の現状を解決し、行政資源の浪費と行政コストの無意味な増加を避け、各部門の仕事効率を高め、政府部門の役割を転換することが主な目的です。しかし、医療費の高騰は、一つの「大衛生部」を作ることで一挙に解決できるような問題ではありません。
中国の衛生部門はしばしば「医療費高騰の主な原因は薬価にある」と主張してきました。今回の改革によって、医薬品を管理するSFDAが医療機関を管理する衛生部の所属となり、今後の調節がよりスムーズに実現することに新しい希望をもたらしたとも言えます。
しかし、管理側と管理される側の役割の確定とバランスの調節こそが、今回の改革成功の要です。衛生行政の管理者である院長達に医薬品のイノベーション、生産、流通、使用、安全などを監督する権限をも握らせることは決して良いことではありません。即ち、病院の管理と運営の分離が必要です。また、SFDAが完全に衛生部の所属部門になるか、或は中立性、一定の独立性を保つか、衛生部内での位置設定も非常に重要な問題です。
実際に6年間も実施した省以下レベルの部門の垂直管理はどうなるのか、いかにSFDAの人員、組織を安定させるのか、機構改革と同時に、いかに日常の監督管理業務に影響を与えないように運営するのかなどは、今後一定の期間中に、重点的に力を入れて解決すべき重要な問題点です」と中国政法大学憲法、行政法学博士D氏は言いました。
SFDAが衛生部に所属することは、中国の一般国民に、医療費高騰問題の解決に新たの希望をもたらした、としか言えません。完全な問題解決までの道程はまだまだ遠いでしょう。

注:
①「両会」:全国人民代表大会と政治協商会議の全国委員会会議
②「双規」:1997年5月9日、第八回全国人第常務委員会第二十五次会議で決議した≪中華人民共和国行政監察法≫の規定には、「監察機関が行政紀律を違反する疑いのある人員に、指定された時間、場所にて、調査事項に関連する問題について解釈と説明するよう、命じる権限がある」と明記されています。
「双規」は調査される人員がさらなる過ちを犯さないよう、また、不必要な妨害、影響を避けるための保護措置です。
2008年3月20日「健康時報」




