2007年度中国医薬品業界最も影響力のある十大事件
2007年は中国医薬品業界にとって、まさしく波乱万丈な一年でした。賛否両論の「医薬品の集中買付」、なかなか発表されない「新医療改革方案」、国民の心を引き付ける「廉価薬政策」、厳しくなりつつある「環境保護」のプレッシャー、地方政府の医薬品原薬製造企業の追い出し、メソトレキセート薬害事件、業界の景気回復など、メディアで次から次に報道されました。
2007年は近年中国医薬品と医療政策の制定と改定が最も頻繁に行われた数年中の一年であり、医薬品業界が数年間の低調期から好転した一年でした。
事件一.環境保護の「嵐」
環境保護に強いプレッシャーを感じ、中国最大の医薬品原薬産地の一つである浙江省が省境内にある、いくつかの有名な医薬品原薬製造企業を転出させようとしました。この動きが業界内で中国原薬の未来に関する大きな議論を引き起こしました。
企業環境保護コストの上昇が市場に極めて大きな影響を与えました。2007年以来、環境保護問題で生産停止・整頓の企業数のうち、医薬品原薬製造会社が一番大きい比率を占めました。企業の生産停止・調節が原因で、2007年医薬品原薬の価格が急騰し、ペニシリンカリウム工業用塩、ビタミンシリーズ原薬市場が好調となり、特にペニシリンカリウム工業用塩は最低調期の6.8US$/BOUから、19US$/BOUまで値上げりました。
2007年10月に公開された「製薬工業用水汚染物排出標準」(以下「標準」と略す)では、製薬企業の汚染物排出標準を大きく引き上げました。「標準」公開意見徴収の段階では、業界内から「標準」の設定が厳しすぎるとの声が多数あがりましたが、政府は一向に見方を変えず、2008年1月1日に「標準」を正式に実施しました。医薬品原薬生産企業と医薬品業界にとっては、「標準」の実施はまさしく大きな「あらし」となり、たくさんの小規模、汚染状況真剣な企業が淘汰される危険を直面することになりました。
事件二.業界の「回暖(注1)」
数年間の「氷河期」を経過し、中国医薬品業界はようやく2008年に「暖春」を迎えることになりました。今年の医薬品産業の発展傾向に関する予測の中では、最も頻繁に現れた単語は「回暖」であります。一部の医薬品原薬製造企業が莫大な収益を得て、医薬品関連株は市場の「花形」になりました。
統計によると、2007年前半、医薬品工業累積完成工業総生産額は2913.2億元、同期比21.31%増、増加幅が1.29%上昇しました。総売上額は2677.82億元に達し、同期比21.75%増、増加幅が1.54%上昇しました。総利益額は231.14億元、同期比34.06%増、増加幅が25.26%上昇しました。上記のデータに基づき、SFDA南方医薬経済研究所が2007年7月に、年間医薬品業界発展の予測を「年度医薬品工業総生産額は6000億元を突破、同期比17.8%~18.5%増」と上方修正しました。
しかし、このような上昇は、実際にマクロ経済のインフレに伴って発生したことを認識しなければなりません。世界医薬品産業に比べると、中国医薬品業界のレベルはまだ低く、業界の集中度が低い、企業のイノベーション能力も弱いなどの問題が依然として存在しています。
(注1)回暖:寒い気候から暖かくなる。
事件三.廉価薬政策
2007年12月5日から昆明で開かれた第59回全国医薬品交易会(PHARM
CHINA)期間中、第一陣の廉価薬特約メーカーとして選ばれた10社が「南京医薬」を初回の区域配送業者として指定しました。その前の11月16日に開かれたSFDAの記者会見では、顔江瑛報道官がその日から、包装簡略、コストダウンした、指定生産された18種類の都市社区、農村向けの基礎薬が正式に発売されると発表しました。長い期間をかけて練り上げた廉価薬政策が正式に廉価薬の生産と配送段階に突入しました。
国家基本薬物制度としての廉価薬政策は中国政府が薬価を下げ、国民医療の不便と割高などの問題を解決するための一大トライアルであり、その基本的な特徴は「国家基本薬物製剤品種目録」に含まれた医薬品を特約生産し、統一価格で、集中的に買付、統一に配送することです。先進国家では、この制度がすでに成熟しており、中国がそれらのノウハウを活用することに成功すれば、廉価薬政策はより高い次元から中国医療分野に存在するいろいろな問題の良い改善策にもなります。
事件四.新≪薬品登録管理弁法≫の実施
2007年10月1日に、新『薬品登録管理弁法』(以下は新『弁法」と略す)が正式に実施されました。新『弁法』は主に技術量への要求制限を通して、登録申告の基準を引き上げ、医薬品の発売に関するチェックをより厳しくし、また薬品登録審査許可権への制約を強化しました。目的はそれまで登録審査許可基準の低さによって形成した医薬品市場の低レベル情況を改善し、混乱した情勢を再建することです。
登録審査許可基準の引き上げによって、企業が研究開発とイノベーション能力の向上に力を注ぐ必要性が大きく高められ、それまで、剤形、包装を変えるなどの手口で簡単に新薬の登録申請を行った企業にしては、破滅的な災難とも言えます。
発展途上の中国医薬品業界のイノベーション能力はまだまだ不足ですが、新『弁法』が効果的に貫徹実施されたら、中国の医薬品業界はきっと徐々に浄化され、集中度がより高くなり、実力もきっとより強くなります。浄化と共に、イノベーション力もきっと徐々に向上されるでしょう。
事件五.メソトレキセート薬害
2007年7月6日、SFDAが「薬品不良反応監測センター」から、「上海と広西にある数軒の病院で、メソトレキセートを投与された白血病患児が下肢の疼痛、歩行困難などの不良症状を起した」との報告を受けました。
報告を受けたあと、SFDAは迅速に国民に通知し、大衆の注目を集めました。一方、SFDAはメソトレキセートの原薬製造企業、製剤企業とメソトレキセートを使用する医療機構に工作チームを派遣し、全面的な調査を行いました。しかも、緊急コントロール措置を講じ、不良反応を起こした2ロットの薬品にも臨時制御措置を取りました。
10月6日、SFDAと衛生部が共同で、上海医薬(集団)有限公司華聯製薬工場製造の注射用メソトレキセートと注射用塩酸シタラビンの生産、販売と使用の中止を命令しました。
12月12日、SFDAの顔江瑛報道官が調査結果を発表しました。調査によると、「メソトレキセート薬害事件」は部分ロット番号商品の中に、微量の硫酸ビンクリスチンが混入されたことと関係あり、しかし製造企業の担当責任者は組織的に製造規定を違反した事実を隠していました。
上海医薬(集団)有限公司華聯製薬工場の医薬品生産許可がすでに取消され、上海医薬(集団)有限公司にも弁償措置を採るように命じられました。
事件六.「薬品リコール制度」が正式に登場
長い模索期間を経て、中国薬品リコール制度が2007年に制定されました。「薬品リコール管理弁法」が12月10日に公布され、中国の薬品リコール制度が正式に確立されたことを示しました。
「薬品リコール管理弁法」がリコールの責任主体、範囲、時限、レベル設定、分類、及び責任、情報公開、処罰などについて、それまでの法律法規より明確かつ具体的に規定し、実施しやすい特徴があります。
薬品リコール制度の確立は制度本来の医薬品の安全性を維持する効果のほかに、中国政府の管理に対する考えの変化と進歩を著しく表しました。中国では「家醜不可外揚」(家庭内のいざこざは外に出してはいけない)のことわざがあります。しかし、この「不祥事は外部に決して知らせない」の考え方は医薬品の安全性に極めて大きなリスクを持たせる恐れがあります。「薬品リコール管理弁法」の「生産企業はリコールの主体」を強調する姿勢はまさしく現状の打破には非常に有利なものになります。
12月12日、大手製薬会社黙沙東(中国)有限公司(MSD)が全世界範囲に部分ロットのB型インフルエンザワクチン(普沢欣)注射剤を自主回収し、中国「薬品リコール管理弁法」が公布されてから、リコールを行った最初の企業になりました。製造過程の定例検査・評価で、一部のワクチンが汚染された可能性があると一旦発覚したら、直ちに全世界範囲に自主回収を行うやり方は中国国内企業が見習うべきことです。
事件七.海外上場ブーム
2007年、貴州同済堂、先声薬業と瀋陽三生製薬がアメリカで、武夷薬業社は香港で、四環控股はシンガポールで上場しました。8月に、無錫の薬明康徳(WuXi
Pharma
Tech)がニューヨーク証券取引所で上場しました。初日株価が40%上昇し、1.846億アメリカドルを調達しました。11月に、医薬品販売大手の海王星辰は最初の中国内陸部にある薬品小売企業として、NY証券取引所で上場し、3.34億アメリカドルを調達しました。2006年度、海外で上場したのが上海医学之星、邁瑞医療、斯達製薬と中生北控のわずか4社で、調達した資金総額も5億アメリカドル未満だったのが、2007年度には10社ほどの中国医薬品企業が海外で上場しました。
資本の国際化は中国医薬品関連企業国際化へ転換する重要な印であり、中国医薬品製品の国際的競争力の成長にとっても、よいきっかけになります。
中国医薬品関連企業の海外での上場ブームが、中国国内外の投資家の支持が不可欠であり、中国のバイオ医薬業界が徐々に国内外の投資家に認められ、好評である事実を証明してくれました。しかし、ブランドへの注目を長期的に持続させるためには、中国医薬品関連企業のトータル的な実力がまだ十分ではありません。企業の競争力を高め、斬新なイノベーション商品と経営方式を作り上げることこそ、企業が追求すべき目標です。
事件八.ネット買い付け
「入札買付」から「ネット上買付」。呼び方と方式がいろいろと変わりましたが、各種利益の複雑な関わりは一向に変わりません。
2006年のトライアル実施開始、2007年の多数の地方への導入、「ネット上買付」はすばやく広がり、しかも改良されつつであります。しかし、このインターネット上での医薬品の買付方式をめぐっての争議と紛争が依然頻繁に発生しています。広東の「両票制(注1)」が続けにくい情況になり、浙江省寧波の「詢価(注2)買付」が80軒の医薬品企業の連名抗議を招き、河南の「同城同価(注3)」の進展もなかなか難しい状況です。
各省区が自分の状況を考慮して、ネット買付の実施方法を徐々に改善しており、しかも、現段階では、ネット買付が一定の範囲の中で、ある程度薬品の値下げ効果を実現しましたが、現在のネット上の価格制限、競争価格は省が単位とするネット上集中買付の場合のみに対応するものです。公立医療機構自身が合理的な医薬品買付システムを設立、しかもそれに基づいて、薬価を合理的な範囲の中に固定させようと思うと、極めて複雑な工程になります。高度な価格コントロールは買付方式の改善だけでは、完全に実現されるものではないと認識しなければなりません。
2007年度各地域改革の現状を見ると、多数の地域に「値段が安ければ安いほうが良い」の政策傾向が現れましたが、市場では品切れや、商品品質の不安定などの問題がいろいろと発生しました。事実上、患者にとっては、なんのメリットもなく、企業側も賛同しにくいとの声が上りました。
公立医療機構の薬品買付管理政策の改善はまだまだ発展途上であります。
(注1)「両票制」:「票」とは領収書を指します。販売業者は必ず直接メーカーから仕入れし、商品代金清算後、メーカーが直接販売業者に領収書を発行します。二級代理販売業者の収入領収書は必ず一級代理販売業者から発行されるべき、即ち、中間業者の上乗せを防ぐために、メーカーから販売業者を経由して、病院に入るまで、発行される領収書は2枚だけに制限します。(辺鄙な地区のみ、状況に応じて、「三票」が許される場合もあります。)
(注2)「詢価」:価格を問い合わせする。
(注3)「同城同価」:河南省鄭州市で、それぞれの病院で、買付のルートの違いにより、同じ薬の値段差が何十元もあった行状に対して、河南省衛生庁は医薬品の入札制度を地方所属政策とし、省所属の病院でも、市所属の病院でも、所在都市の医薬品の統一集中入札買付に参加することを命じました。それによって、同じ都市の病院の医薬品の買付価格を統一し、最終的に小売価格の統一を実現します。
事件九.「医薬分離」
2007年度「医薬分離」が依然として業界の注目を浴びた要因は①医療改革方案の未決、②2007年「薬局の委託管理」の地域試行の成功でした。
2000年3月国務院経済体制改革弁公室など8カ所の部、委員会が共同で「城鎮医薬衛生体制改革についての指導意見」を公布し、「医薬の分離決算と分別管理」の実施を明確にし、医療改革の必然的な方針として決定されました。その後、医薬分離に関する模索がいろいろと行われたが、成功案例はなかなか現れませんでした。
南京で2年間近く試行された「薬局の委託管理」制度が南京地方政府の強力な推進によって、2007年中国全土で、最もホットな話題となり、しかも南京の3級病院での全面的な推進が予定されています。しかし、それと同時に、「薬局の委託管理」の形式について、2007年最も激しい争議を引き起こしました。
「薬局の委託管理」の行く末はどうなるでしょうか?「薬局の委託管理は医薬分離の実施が成功する要である」、或は薬局の委託管理を全面的否定する論調はどちらも客観的な認識ではありません。「薬局の委託管理」は「医薬分離」の実現のために、経過的なトライアルのうちの一つに過ぎず、しかもその改善にも長い道のりを要するでしょう。
幸いに新しい医療改革方案の基本枠組みがもう既に決められ、初期方案も人民代表大会に提出されました。全面的に制度のバックの元で、「医薬分離」の実現がやっとその「真の道」を見つけるでしょう。
事件十.「中薬騒動」
2007年9月上旬、フィリピン政府が「中成薬がフィリピンで登録されていない、安全性が保障されていない。その販売が違法である」を理由に、突然中成薬の販売を禁止しました。同じ9月、マレーシアで、動物用医薬品原薬の取締によって、動物と関連する原薬が一律に没収され、現地中薬市場が異常に不況となり、マレーシア向けの中薬の輸出は厳重に阻害されました。それらに続いて、韓国が中薬原薬の中に残留する二酸化硫黄と重金属の検査測定方法と規範を修訂し、中国の中薬原薬の輸出がさらに難問に直面しました。
一連の出来事の根本はやはり中薬の海外での合法性の問題です。事実上、現在海外で中医薬に対する認識がまだ曖昧であり、法律上の保護が乏しく、現地政策に影響されやすいのが現状です。
中薬の輸出量の増加より、中医薬が「グレーゾーン」から抜け出せるように、関連地区の中薬に関連する法律の確立を推し進めることが最も重要であります。






